本格焼酎は「奇跡のスピリッツ」。その3つの理由

Dr.下田の新本格焼酎論 第1回

本格焼酎は「奇跡のスピリッツ」。その3つの理由

2024年、麹(こうじ)菌を使った日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、本格焼酎や日本酒、泡盛が世界で注目を集めています。この連載では、本格麦焼酎「いいちこ」をつくる三和酒類で技術者として、そして経営者として長年携わってきた「焼酎博士」こと下田雅彦(しもだ・まさひこ)が、本格焼酎の魅力について多角的に語ります。連載第1回は、Dr.(ドクター)下田が本格焼酎を「奇跡のスピリッツ」と呼ぶ理由について、ひもとくところからスタートしましょう。

 

語り:三和酒類 取締役会長 下田 雅彦 / 構成:井上健二、Contentsbrain

 


●「本格焼酎」について
日本の蒸留酒である焼酎には、単式蒸留機を使って蒸留する「単式蒸留焼酎」と、連続式蒸留機を使う「連続式蒸留焼酎」の2種類があります。本連載では「単式蒸留焼酎」の中の「本格焼酎」を中心に取り上げます。
単式蒸留は、その名の通り1回だけ蒸留する製造方法です。「本格焼酎」の定義は、定められた原料を麹と水を用いて発酵させ、単式蒸留機で通常1回蒸留したもので、アルコール分が45%以下、さらに水以外何も加えていないものをいいます。主な原料には米、麦、芋、そばなどがあり、それぞれに異なる香味の個性があります。
「連続式蒸留焼酎」は「甲類焼酎」とも言われます。原料をアルコール発酵させたもろみを、繰り返し蒸留できる塔型の連続式蒸留機に通すことで不純物がほとんど除去された純粋なアルコールをつくります。この連続式蒸留を経た原酒に水を加えてアルコール分を36%未満にしたものが、日本の酒税法上の「甲類焼酎」です。アルコールそのものの風味で、果汁や炭酸で割ったチューハイ、果実酒づくりなどに使われることが多いです

本格焼酎の「奇跡」その1
~寒冷な国と温暖な国の酒づくりが500年前の南九州で出合った

こんにちは。三和酒類の下田雅彦です。私は九州の大分県出身。父がお酒好きだったこともあり、発酵に興味を持って、地元を離れ大阪大学工学部醱酵工学科(現・応用自然科学科バイオテクノロジー学科目)へ進み、発酵学と酵母を中心とする微生物について学びました。その後、兵庫県にある日本酒メーカーに就職します。ここで「一麹、二酛(もと)、三つくり」という日本酒づくりの基本を学んだ経験は、のちの焼酎づくりでも大いに役立ちました。この連載で詳しく語るように、本格焼酎もまた「一麹、二酛、三つくり」が基本になっているからです。

日本酒メーカーで5年ほど勤めたのち、大分へUターン転職をして、三和酒類に入社。社長直轄の研究開発室長として、当時発売されて間もない本格麦焼酎「いいちこ」の、安定的な生産技術の確立に尽力しました。

私は、本格焼酎というのは「奇跡のスピリッツ(蒸留酒)」だと思っています。絶え間ない変革と進化の紆余曲折の歴史を経て今があるのですが、私にはそれが奇跡的と思えるからです。それでは、その歴史に沿って、本格焼酎を取り巻く奇跡について、大きく3つの時代に区切って解説していきましょう。(「本格焼酎進化の系図」参照)

まず最初の奇跡。それは、いまからおよそ500年前、16世紀まで遡ります。

本格麦焼酎「いいちこ」の原料である麦麹

本格麦焼酎「いいちこ」の原料である麦麹

蒸した米粒に種麹をまぶして麹をつくり、米の酒を醸造する技術は、政治的・文化的中心地であった京都を基点として13世紀の頃から形づくられてきました。やがて日本列島の南北へ麹を使った日本酒づくりの技が伝わっていきました。日本酒づくりは、冬場に低温で雑菌の繁殖を抑えながら発酵を行う「寒(かん)造り」が基本ですが、日本の南側、暖かい九州でもより温暖な南九州(鹿児島、宮崎、熊本)では寒造りがうまく行えないため、発酵中に酒質を落とす雑菌が繁殖しがちでした。その結果、「腐造」が多発するなど、出来上がった日本酒の保存にも不向きな気候でした。

1500年頃、そんな南九州へさらに南の沖縄(琉球王国)を経由して伝わってきたのが、お酒を蒸留するという考え方。沖縄の蒸留酒といえば「泡盛(あわもり)」ですが、その頃はまだ泡盛は登場していませんでした。泡盛の源流となったのは、交易を通じてシャム(タイ)から伝わっていた蒸留酒「ラオ・ロン」。ラオ・ロンは発酵したもろみ⋆1を蒸留したもので、アルコール度数が高いため、赤道に近く1年を通して日本より気温が高いタイでも、雑菌の繁殖を抑えられて保存が利きます。蒸留酒づくりは、タイや沖縄のように暖かい風土に向いている酒づくりなのです。


1 もろみ: 醸造用のタンクに、麹、水、酵母などを入れて仕込み、その後発酵している状態。

安定して良質な日本酒ができなかった南九州では、沖縄との交流の中でこの蒸留という方法を取り入れ、日本酒あるいは日本酒のもろみを蒸留してアルコールを回収する技術が定着します。つまり最初の本格焼酎は、日本酒と同じ米を主原料とする「米焼酎」だったのです。対して南九州より北方では寒造りができ、美味しい日本酒が醸造できましたから、それをあえて蒸留する必要はありませんでした。

寒造りを基本とする寒冷な国の酒づくりと、タイ・沖縄経由で伝わった温暖な国の酒づくりが500年前の南九州で出合い、そこから本格焼酎の進化が始まったのです。

本格焼酎進化の系図(作:下田雅彦)

本格焼酎進化の系図(作:下田雅彦)

本格焼酎の「奇跡」 その2
~明治維新後の焼酎製造に訪れた3つの大変革

本格焼酎に次の進化が起こったのは、いまからおよそ120年前。明治維新がきっかけでした。この時代には、本格焼酎に関する大きな3つの革新がほぼ同時に進行しました。

1つ目は、明治維新後に西洋から新しい学問や科学技術が入ったこと。それまで職人の経験と勘に依存するところの多かった日本の酒づくりに、微生物に関する知識や技術、さらに有益な菌を分離して応用する微生物学が導入されました。国立の醸造試験所が設立されたのは1904(明治37)年です。また、前章で紹介した蒸留方法は、もろみを1回だけ蒸留する単式蒸留でしたが、1910(明治43)年には塔内に繰り返し蒸留できる複数の棚を有した連続式蒸留機が導入され、より効率よく純粋なアルコールを得ることができる、甲類焼酎の源流となります。

2つ目は、沖縄から黒麹菌が伝わったこと。それまで、泡盛づくりの要となる黒麹菌は琉球王国で見出され秘伝として大切に守られており、日本には伝わりませんでした。1879(明治12)年に琉球王国が廃止、沖縄県が設置されて日本に完全統合された後、1901(明治34)年に、黒麹菌が泡盛の製造工程から分離されて「Aspergillus luchuensis(アスペルギルス リューチューエンシス)」と命名されます。
(麹菌について、詳しくはこちらを参照)

その後の研究で、黒麹菌がつくるクエン酸が、発酵したもろみを雑菌から守って、温暖な地域でもより安定的にアルコールをつくれることが分かり、それまでの黄麹菌に代わって、1910年代以降には南九州において黒麹菌が本格焼酎づくりに用いられるようになりました。

3つ目の革新は、九州の最南端である鹿児島の芋焼酎づくりから「二次仕込み法」が生まれ、1910(明治43)年頃に定着したこと。芋焼酎の主原料となるサツマイモは、米や麦と比べて糖分が多いため、発酵の過程で雑菌に汚染されて腐造を起こすリスクが高かったのです。そこで試行錯誤の末、編み出された画期的な仕込み方法が二次仕込み法なのです。

始めに米麹(蒸した米に麹菌を繁殖させたもの)と酵母と水だけで一次仕込みを行い、酵母を十分増殖させます。これは冒頭に紹介した日本酒の基本である「一麹、二酛、三つくり」の麹に続く2番目の工程、「酛」づくりに当たります。3番目の「つくり」に当たる本仕込みである二次仕込みで、酛(一次もろみ)にサツマイモを加えて酵母による発酵を速やかに進行させ、発酵の安定・安全性を高めます。黒麹菌の導入と二次仕込み法の発明により、現在の本格焼酎の製造法が確立されました。

本格焼酎の「奇跡」 その3
~肩身の狭かった庶民の酒から、西洋の蒸留酒に負けない酒へ

およそ120年前の近代化以降も、本格焼酎の地位は低いままでした。

応用微生物学の世界的権威で、“お酒の神様”と呼ばれる坂口謹一郎(さかぐち・きんいちろう)先生⋆2が著書「古酒新酒」(1974年、講談社)の中で、「西洋の蒸留酒がいずれも万金に値する世界の名酒であり、国民の誇りであることと比べると、日本の焼酎の肩身のせまいこと、一体これはどうしたわけであろうか」と嘆かれたのは、今から50年ほど前のことでした(初出は1971年)。


2 坂口謹一郎: 1897(明治30)~1994(平成6)年。日本の農芸化学者。発酵、醸造に関する研究で世界的権威の一人。東京大学応用微生物研究所初代所長、同大学名誉教授、理化学研究所副理事長を務める。

坂口謹一郎氏の著書「古酒新酒」(写真:三井公一)

坂口謹一郎氏の著書「古酒新酒」(写真:三井公一)

当時、焼酎は安価で酔える「庶民の酒」でしたが、皮肉なことに同じ焼酎でも人気があったのは甲類焼酎。連続式蒸留で不純物を徹底的に除いたピュアな風味が評価されており、1949(昭和24)年までは甲類焼酎は「新式焼酎」、本格焼酎は「旧式焼酎」と呼ばれていました。その頃の本格焼酎は原料由来の油性成分のせいで独特の臭みや濁りがあり、飲みにくい代物でした。

その状況が一変したのは1970 年代。減圧蒸留、冷却ろ過、精製ろ過といった蒸留以降の工程における3つの革新技術の導入により、西洋の蒸留酒に比肩し得る、雑味のない洗練された美味しい本格焼酎がつくられるようになったのです。なかでも本格焼酎の酒質向上に大きく貢献したのは、私の恩師でもある西谷尚道(にしや・たかみち)先生が普及に尽力した、油臭の解明と防止のための冷却ろ過技術です。

こうしたイノベーションの恩恵を受け、1970年代には臭くて濁りのある焼酎ではない、華やかな香りできれいな酒質の米焼酎(主に熊本県で生産)、麦焼酎(主に大分県で生産)、そしてそば焼酎(主に宮崎県で生産)といった、新しくて多様な本格焼酎が九州で続々と登場したのです。本格焼酎が九州から全国に浸透していったのは、この時期からでした。

本格焼酎の「奇跡」その先へ
~無限に広がる多様性

本格焼酎の進化はまだ終わっていません。その“伸びしろ”の背景にあるのは、多様性。世界にはさまざま蒸留酒がありますが、本格焼酎の多様性は他に類を見ないものです。

まず、原料が多様です。例えば同じ蒸留酒でも、ウイスキーの原料は大麦などの穀物、ブランデーの原料はブドウなどの果実と決まっているのに対し、本格焼酎の原料は多種多様。2006(平成18)年の国税庁長官告示では、穀類、芋類に加えてしそや栗など、全53種が原料として認められています。麦や米や芋以外でも本格焼酎をつくることができ、そしてその原料の違いにより、風味に個性が生まれるのです。

 

単式蒸留機

単式蒸留機

次に、製法も多様です。麹、酵母の違い、常圧蒸留か減圧蒸留かといった蒸留方法、ろ過方法、原酒の熟成の仕方や期間によっても違いが生まれます。製法に関する技術的な進歩は1970年代以降もノンストップで続いています。芋の品種改良による新しい芋焼酎の登場、全麹仕込み法などによる麦焼酎の多様化といったように、新しい取り組みが数多く見られます。

皆さんがご自身で楽しめる多様性として、飲み方も挙げられます。ストレート、ロック、水割り、ソーダ割り、お湯割り……。最近ではカクテルのベースとしても本格焼酎が使われ始めています。蒸留酒を水やお湯で割って飲むというスタイルは本格焼酎ならではですが、これは食事と一緒に楽しめる食中酒であるという特性にもつながっています。

三和酒類の品質検査

三和酒類の品質検査

原料、製法、飲み方、食事とのペアリングと、組み合わせは無限にあります。世界広しといえど、このような多様な楽しみ方ができる蒸留酒は他にないでしょう。

本格焼酎は古くて新しいお酒であり、まだまだ他にも進化を続ける余地が残されています。例えば、ウイスキーのように樽を使った長期熟成や、より高いアルコール度数の本格焼酎など、可能性は未知数です。そこも私が「奇跡のスピリッツ」と呼ぶゆえん。これから50年後の本格焼酎が一体どうなっているのか。それは私にも想像できません。

麹を使った酒づくりと蒸留技術との運命的な出合いによって生まれ、今も続く技術の進歩による無限の可能性を持ち、そしてさまざまな楽しみ方ができる、そんな「奇跡のスピリッツ」本格焼酎。この連載ではその知られざる魅力について、私なりの視点で語っていきたいと思います。本格焼酎をあまり飲んだことがない人にも、日々愛飲されている方にも、楽しんでいただける読み物になれば幸いです。


主要参考文献:「本格焼酎製造技術」(日本醸造協会、1991年)、「麴学」(村上秀也編著、日本醸造協会、1986年)、「古酒新酒」(坂口謹一郎、講談社、1974年)、「世界のスピリッツ 焼酎」(関根彰、技報堂出版、2005年)、「焼酎の履歴書」(鮫島吉廣、イカロス出版、2020年)、「現代焼酎考」(稲垣真美、岩波書店、1985年)。

 

PROFILE: 下田雅彦(しもだ・まさひこ)

三和酒類株式会社 取締役会長 工学博士
1955(昭和30)年生まれ、大分県豊後大野市出身。大阪大学工学部醗酵工学科卒業後、兵庫県の日本酒メーカーに勤務。1984(昭和59)年にUターンで三和酒類に入社。専門技術者として焼酎製造技術開発、商品開発、品質管理に従事しながら、1998(平成10)年に大阪大学工学博士号取得。1999(平成11)年に取締役に就任後、2017(平成29)年、オーナー家以外から初の社長に就任。2023(令和5)年、取締役会長に就任。

 

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