- 下田雅彦(しもだ・まさひこ)
- 三和酒類株式会社 顧問 工学博士
1955(昭和30)年生まれ、大分県豊後大野市出身。大阪大学工学部醗酵工学科卒業後、兵庫県の日本酒メーカーに勤務。1984(昭和59)年にUターンで三和酒類に入社。専門技術者として焼酎製造技術開発、商品開発、品質管理に従事しながら、1998(平成10)年に大阪大学工学博士号取得。1999(平成11)年に取締役に就任後、2017(平成29)年、オーナー家以外から初の社長に就任。2023(令和5)年、取締役会長、2025(令和7)年10月より顧問を務める。
Insights
Dr.下田の新本格焼酎論 第6回
本格焼酎のつくり方:「二酛、三つくり」後編②~高濃度のアルコールを実現する並行複発酵
三和酒類で技術者、経営者として本格焼酎づくりに携わってきた「焼酎博士」こと下田雅彦(しもだ・まさひこ)の語り下ろしによる本連載。今回は、本格焼酎づくりの「一次仕込み」「二次仕込み」の中で、日本酒とも共通する日本独特の発酵技術「並行複発酵」について紹介します。
⇒ 第5回「『二酛、三つくり』後編①~本格焼酎の多様性の源泉」
語り:下田雅彦(三和酒類 顧問) / 構成:井上健二、Contentsbrain
ここまで、本格焼酎づくりの前半の工程を説明してきました。すなわち、原料を処理して、蒸した米・麦に麹菌をつけて麹をつくり、水と酵母、麦や芋などの主原料を混ぜて発酵させ、アルコールを生成するプロセスです。
麹菌を使った日本酒、本格焼酎の発酵のプロセスでは、ワインやビール、ウイスキー、ブランデーなど他のお酒とは違う、独特の「並行複発酵」という発酵方法によりアルコールが生成されます。今回は麦焼酎のもろみ*1中で起こっている並行複発酵と、これまで説明してきた日本酒づくりの「一麹、二酛、三つくり」の関係について話してみたいと思います。
*1 もろみ:醸造用のタンクに、麹、水、酵母などを入れて仕込み、その後発酵している状態。
発酵方法によって生成されるアルコール濃度は違う
日本の酒づくりでは、米や麦に麹菌をつけて麹をつくった後、その米麹・麦麹と主原料(蒸した米や麦、芋など)と水を1つのタンクに入れて発酵させます。麹のもつ多様な酵素が主原料のでんぷんを糖に変える「糖化」と、その糖を酵母がアルコールに変換する「発酵」が同時進行するため、「並行複発酵」と言います。
並行複発酵によるもろみの最終アルコール濃度は17~20%に達します。ワインの発酵方法は「単発酵*2」といい、アルコール濃度は11~14%。ビールは「単行複発酵*3」で、生成するアルコール濃度は4~6%です。
*2 ワインの単発酵:ぶどうなどの原料に含まれるブドウ糖を酵母が食べてアルコール発酵する発酵方法。
*3 ビールの単行複発酵:麦芽に含まれる糖化酵素が、麦に含まれるでんぷんを糖化し、その糖を酵母が食べてアルコール発酵する発酵方法。
アルコール発酵では、原料の糖分のおよそ半分(0.55倍)のアルコールが得られます。この係数0.55は、例えば24%の糖度のブドウ果汁からは0.55倍したアルコール濃度13.2%程度のワインが期待できるという経験則です。日本酒や本格焼酎では最終アルコール度数は17~20%のもろみができますが、これだけのアルコールをつくるためには、30~36%の濃度の糖液(糖分を含む原液)が必要になります。
ところが、ここまで高濃度の糖液は通常の糖化工程ではつくることが不可能です。仮に濃縮して糖度を上げても、濃糖圧迫(砂糖漬けで微生物の動きが抑制されること)が起こり、酵母も増殖できなくなってしまいます。このため単発酵や単行複発酵では、20%のアルコール度数を実現するのは不可能なのです。
この不可能を可能に変えるのが、並行複発酵。上図「麦焼酎もろみで起きている発酵の様子」をご覧ください。まず麹から遊離した酵素がでんぷんを溶解させ、ブドウ糖などの糖を生成します。もろみ中に糖が蓄積してくると、酵母が待ち構えていてそれを取り込み、代謝してアルコールと炭酸ガスを生成するのです。
酵母の量が少なく、活動も弱ければ、糖が消費されないためもろみ中の糖濃度が上がり、発酵が停止してしまいます。逆に糖の生成よりも酵母の活動が勝ってしまうと、もろみ中の糖が枯渇し、やはり発酵が止まります。
一番大事なのは、麹をしっかりつくることで、仕込み時に麹や主原料を溶解させ、糖まで分解することのできる各種の酵素が十分あること=「一麹」。2番目に大事なのは、その糖を発酵させる元気な酵母が十分確保されていること=「二酛」。その2つがしっかりできれば、あとの並行複発酵では、うまく誘導する人の技が大事です=「三つくり」。
この3つがそろって初めて原料を完全にアルコールに変え、20%前後の度数まで上げられるのです。昔の杜氏(とうじ)さんの経験から生まれた格言が、非常に理にかなった教えだということに驚くばかりです。
⇒ 第5回「『二酛、三つくり』後編①~本格焼酎の多様性の源泉」
主要参考文献:「本格焼酎製造技術」(日本醸造協会、1991年)、「酒づくりのはなし」(秋山裕一、技報堂出版、1983年)、「発酵と醸造 Ⅱ」(東和男編著、光琳、2003年)、「世界のスピリッツ 焼酎」(関根彰、技報堂出版、2005年)、「焼酎の履歴書」(鮫島吉廣、イカロス出版、2020年)