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日本の酒文化も食文化も大半は麹菌からの恩恵を受けたもの

作成者: WA-SPIRITS|2025/06/16 15:22:19

小泉先生の解説の2回目は「麹」をつくる主役の「麹菌」について。一口に麹菌と言っても「黄麹菌」、「黒麹菌」、「白麹菌」と種類が分かれてそれぞれの特徴を生かして味噌や醤油や日本酒、本格焼酎、泡盛などをつくっています。また、「麹」という日本で使われている漢字のルーツについても教えていただきましょう。


⇒前編「発酵」とは人間の役に立つもの。「腐敗」とは人間の役に立たないもの」

 

解説者:東京農業大学名誉教授 小泉 武夫
取材・文:藤田千恵子 / 写真:三井公一 / 構成:Contentsbrain 

 

発酵食品が人の免疫力を高める可能性もある

私が発酵の世界の中で注目しているのは、発酵食品の持つ免疫力がどれくらい高いかということです。発酵食品の健康性はいろいろなところで言われており、人の免疫力を高めるというデータも出ています。例えば、米と米麹を発酵させてつくった「甘酒」ですが、その効能としては「甘酒は飲む点滴」と言われるほど栄養価の高いものです。医療の現場でも、甘酒に興味を持つ医師も出てきました。発酵食品と免疫の関係を勉強したいという方もいます。

日本以外の発酵食品を見ても、韓国の発酵食品であるキムチの免疫効果は非常に高いと言われてますし、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーなど東南アジアの人たちも免疫力の高い発酵食品を食べています。面白いことに東南アジア及び韓国、中華人民共和国に生息しているのはクモノスカビ⋆¹。日本にだけコウジカビ、麹菌が生息しているんです。

⋆¹クモノスカビ:クモノスカビは中国や東南アジアを中心に生息するリゾプス属のカビ。1cm以上になる長い菌糸の先端に黒い球形の胞子を形成。コウジカビとも言われる黄麹菌、黒麹菌、白麹菌、醤油麹菌などは日本固有のアスペルギルス属。

東京農業大学名誉教授の小泉武夫さん

アスペルスギルス属の
黄麹菌、黒麹菌、白麹菌

日本では麹菌を「国菌」と指定しています。どの国にも国の花や国の鳥はありますが、国菌と定めているのは日本だけです。麹菌には大きく3種類ありまして、1つは味噌、醤油、味醂(みりん)、日本酒、米酢、甘酒などを造る黄麹菌。学術名はAspergillus oryzaeアスペルギルス・オリゼー)です。オリゼーというのはラテン語で米のことで、米に生えるカビのことなんですね。

もう1つは黒麹菌。これは主に本格焼酎や泡盛(あわもり)をつくる工程で使われます。黒麹菌は沖縄にしか生息していないので、国際微生物連盟はAspergillus luchuensis (アスペルギルス リューチューエンシス)と命名しました。クエン酸を大量につくり出す特徴があり、麹の雑菌汚染を防ぐ力が高いと言われています。

黒麹菌の白色変異種として白麹菌があります。学術名はAspergillus luchuensis mut. kawachii(アスペルギルス リューチューエンシス ミュット カワチ)と命名されています。これは主に本格焼酎づくりに使われています。黒麹菌同様にクエン酸を大量につくる特徴は持ちながら、作業衣などへの汚れが目立ちにくいという利点があります。(編集部追記:三和酒類の本格麦焼酎の製造ではこの白麹菌を使います)

 

14世紀頃から麹菌を扱う専門メーカーが麹菌の胞子を集めて商品化してきた「種麹」。細かな粒子状で、
写真左から白麹菌、黒麹菌、黄麹菌(撮影協力:株式会社ビオック)

日本の食文化も酒文化も大半は麹菌からの恩恵を受けたものです。そう考えると麹菌とはありがたいものですね。麹の語源がまた面白い。713年頃に成立した「播磨国風土記(はりまのくにふどき)」⋆²には、神様に蒸した御飯を捧げたら、その御飯にカビがついた。それを「カビ立(たち)」というと記載されています。それが語源変化して、かぴたちかむたちかむちかうちになって、今はこうじになった。つまり麹の古語は、「かびたち」なんです。

⋆² 播磨国風土記:「風土記」は日本の奈良時代(8世紀頃)に地方の文化、風土、産物などを記録編纂して天皇に献上させた報告書。「播磨国」は現在の兵庫県のあたり。

 

「麹」と「糀」という漢字の由来

それから、「麹」(Koji)という漢字を解説しておきますと、左側に「麦」(Barley)という漢字、右側に「菊」(Chrysanthemum)という漢字を合わせると「麹」(Koji)という漢字になります。これは、中国の相当古い漢字で日本に伝わった字です。

一方で、左側に「米」(Rice)という漢字、右側に「花」(Flower)という漢字を合わせる「糀」(Koji)という漢字もあります。これは日本人が作った国字です。米に花が咲いたみたいでしょう。

麹とは何かと定義すると、穀物にカビが増えた状態のことを言います。だから日本に近く、気候風土が似ている台湾、中国、韓国、あるいは東南アジアの国々にも麹はある。しかし、日本だけが米に麹菌を繁殖させた米麹、あるいは麦に麹菌を繁殖させた麦麹を使って、外国にはないお酒のつくり方をしています。

さて、私が座長となり、麹菌を使った本格焼酎、日本酒、泡盛、味醂といった日本の「伝統的酒造り」をユネスコ無形文化遺産(世界遺産)に登録するプロジェクトを進めてきました。その結果が実り、202412月に麹を使った日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。今後もお酒の業界をさらに活気づけたいですね。


⇒前編「発酵」とは人間の役に立つもの。「腐敗」とは人間の役に立たないもの」

 

PROFILE: 小泉武夫(こいずみ・たけお)

1943年、福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学名誉教授。農学博士。発酵学者、食文化論者、文筆家。専門は食文化論、発酵学、醸造学。鹿児島大学、福島大学、別府大学、石川県立大学、宮城大学ほかの客員教授も務める。発酵に関する著書は単著だけで150冊にのぼる。また、発酵のまちづくり全国ネットワーク協議会会長、「和食」文化保護・継承国民会議委員などを歴任。2024年12月、麹菌を使った日本の「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産への登録で推進プロジェクトの座長として活躍。食に関わる様々な活動を展開し、発酵の魅力を国内外に広く伝えている。