【後編】スタッフのウェルビーイングが一番大事。それでこそより良い接客ができるのです
Bar「kumiko」は2018年にシカゴにオープン。料理に合わせてお客様一人一人にマッチしたカクテルを提供する独自のスタイルが注目されました。しかし2020年のコロナ禍で飲食店の営業が一時中止となり、バー業界も深刻な経営危機に直面しました。そのときシカゴ市当局に対してカクテルのテイクアウト販売の認可を求めて「Cocktail for Hope」というキャンペーンを立ち上げたのが、ジュリアさんを中心とした3人のメンバーでした。粘り強い交渉の結果、認可を得て、バー存続の強い手立てとなりました。後編ではお店の名前の「kumiko」に込めた思い、社会活動の思い出などを伺いました。
⇒前編「バーテンダーの美しい動きはバレエダンサーに似ていると思います」
文:鈴木昭 / 写真:三井公一 / 構成:Contentsbrain
取材場所:「Bar TANNEL」(大分県別府市北浜 1-12-2)
完成までに辿り着く時間とプロセスを大切にしたい
――30歳までに自分の店をオープンするという目標を立てられていましたね。
Bar「kumiko」を開いたのは2018年の大晦日。その翌月の1月に30歳になったので、目標をぎりぎり達成です(笑)。
――お店の「kumiko」という名前はどのように付けたのですか。
名付けには悩みましたよ。そこで、お店の方針を書き出していきました。
パッションとケア(一つ一つ丁寧にやること)。料理の材料にはできるだけ自然なものを使う。モダンではなくて、昔から使われているテクニックにフォーカスすること。出来上がるカクテルや料理が一番大事なのではなくて、そこまで辿り着く時間とプロセスを大切にすること。
「kumiko」は日本の木工の伝統工芸の一つである組子細工⋆1から付けました。組子細工が作られるプロセスを見ると、最初は木から始まります。木は種を播いてから成長するまでに何十年もかかる。切り倒してもすぐに材木としては使えないし、何年間も乾かさないといけません。そういった忍耐も大事だし。その木を細かく削って細工をしていく職人さんは何年も働いて練習して、やっと綺麗な柄を作れるようになる。それがすごいなと思った。お店の方針に通じると考えて「kumiko」と命名しました。
⋆1 組子細工:釘などを使わずに、細い板や木片を手作業で1本1本組み合せて、精緻な紋様を編み出す日本の伝統的な木工技術の一つ。屋内の内装などに使われる。
三和酒類さんの素晴らしい本格麦焼酎も、農家の方が大麦を育てて収穫し、三和酒類さんがそれらの大麦と良質な水から、いくつもの工程を経て製品をつくり上げる。私たちの手元に届くまでに時間と労力が費やされるのです。そうしたことにも思いを巡らせて、カクテルを作ることが大事だと思っています。一つ一つの氷、果物、ジュース、スピリッツもどこからきているのかを調べて、リスペクトして、カクテルというexperienceを作っていく。それが私の働き方であり、私のインスピレーションの源です。
バーの後ろの壁面に2つのパネルがあり、それを観てもらえれば組子とはどんなものか分かってもらえると思います。麻の葉とゴマの絵柄です。それぞれ意味が込められています。麻の葉は悪いものが外から入らないように守ってくれる、ゴマは健康で幸せをもたらすと言われています。「kumiko」では、そんな願いを込めてカクテルや食べ物を出しています。お客様が安全な場所で、美味しいものを食べて、飲んでもらって、長く幸せに人生を生きていけたらいいな、という気持ちをこの組子細工のパネルで表現しています。
スタッフがいるからこそBar「kumiko」は特別
――バーのオーナーとしては日頃どんなことに気をかけていますか。
お店のスタッフ(私のチーム)のウェルビーイング(幸福度)と安全が最優先です。世の中では女性がバーテンダーをしていると、嫌なことを言われたり、一緒に働く男性スタッフからイライラさせられたりすることがあるかも知れません。Bar「kumiko」において、私はスタッフが一番大事だし守りたい。スタッフがいるからこそBar「kumiko」は特別だと思っています。
安全な場所で働くことで、より良い接客ができると考えています。自分の安全に気を取られていては、お客様のことが考えられない。安心して集中してお客様に素晴らしいサービスができるようにしたい。まずは(チームが)お互いを大切にする。それができてこそ、お客様により良いおもてなしができると思います。
でも私って怖くはないはずですけれど、ぜんぜん優しくない(笑)。私は多くを求めるし、かけてる期待も高いんです。自分には一番厳しい。お互いに尊敬し合ってやっていくのが大切だと思っているので、安全で、真面目に、素直でいられて、良い時間を過ごせる場所になるように努めています。
――日本の料理とカクテルとのペアリングが楽しめるというコンセプトはどこから考えたのですか。
もともと私自身が、ワインバーとかダイニングバーが好きなんです。食べながら飲めて、お酒とのペアリングもできるお店。ワインとかビールだとそういう店が多いのですけど、料理とカクテルとのペアリングというお店はあまりなかった。そこで、料理に合わせて、本格焼酎とか日本酒などをベースに使い、日本の材料を使ったアルコール度数の比較的低いカクテルを作りたいと考えました。
オープン当初は、バーのカウンター席でテイスティングメニューを出していました。一つ一つの料理にペアリングとしてのドリンクを6種類ぐらい用意して、ワインやビール、それにカクテル2、3種類と、アルコールフリーのレシピです。お客様は1度に8人くらいまでにして一人一人と会話をして、それぞれどういう飲み物が好きか、アルコール度数は高いものがいいか低いものがいいかなどを聞いて。個別にペアリングメニューを作りました。みなさんに同じ料理を食べてもらうけれど、ペアリングのドリンクはみんな違う。それはとても難しいことでしたけれど、やってみてとても楽しかった。この経験が私たちにミシュランの星をもたらしました。
パンデミックに立ち向かう
そんなタイミングに、新型コロナウイルスのパンデミックが始まってしまいました。あの時期はもう大変でした。アメリカは2020年3月13日に「国家非常事態」を宣言。3月17日には全てのバーとレストランを閉めなさいということになったんです。私たち飲食業界の関係者はどう対応すればいいのか分からなくて途方にくれました。
お店でカクテルを飲むことができないのなら、バー側はテイクアウトできるカクテルを作りたいという気持ちが強かった。けれど、シカゴ市では法律的にダメだと言う。ある役人は、一つ一つの問題は市長が決めることだと言ったけれど、イリノイ州のコミッショナー(商務・コミュニティー・経済開発担当)は、彼らが法律を決定すると言っていた。それぞれの立場で違うことを言っていました。
――このままでは市内のバーが潰れてしまう。
なんとかしないといけない、と思いました。そこで、テイクアウトの許可を求めて、「Cocktail for Hope」というキャンペーンを始めたんです。メンバーは私とBar「kumiko」の常連のお客様と、飲食業界に詳しい弁護士の3人でした。嘆願書を出すために署名運動をしてイリノイ州の知事に手紙を書きました。続いて、バーの窮状を訴えるビデオを作りました。それを公開したら、イリノイ州の担当者が話をしようと言ってきたんです。
ようやくその頃、メディアも私たちの窮状に気づいて、記事にしてくれて。そこからは色々な人が一緒に電話をかけたり署名活動に協力をしてくれるようになりました。上院議員も新しい法律を書いて議会にかけてくれた。こうして非常事態宣言から3カ月後の6月、シカゴ市内のバーで、カクテルを瓶詰めしてラベルを書いて、それにシールを貼って売るならば許可するという法律を決めてもらえました。
――キャンペーンを始めるのはすごい勇気が必要だったんじゃないですか。たった3人でよく頑張れましたね。
運動を始めた頃は本当に怖かったです。でも、アメリカの会社員なら失業手当が出るけれど、バーテンダーは基本的にチップ制なのでそもそも給料は低くて、仕事がないと十分にお金がもらえない。私のバーだけでなくシカゴの全てのバーの人々が働けるようにしたい。そう考えると勇気が出ました。自分だけのことではなく、みんなのためなので頑張れたのかな。
本格焼酎を使ったカクテルについて
――ジュリアさんは本格焼酎を使ったカクテルも作っていますが、アメリカ市場で本格焼酎の可能性をどう考えていますか。
世界的には本格焼酎の知名度はまだ低いです。アメリカでは5年前と比べれば本格焼酎を見ることが多くなったけれど、まだまだだと思います。カクテルに使えば、それが1つのチャンスになる。お客さんは、「あ、これ美味しい。何が入っているの」と気楽に聞いてくると思います。そこで本格焼酎ですよって答えられる。
Bar「kumiko」の1階は和風ダイニングバーですが、地下1階のバーはカウンター席で、ジャパニーズウイスキーと本格焼酎だけを置いています。お客様は特別な日本のスピリッツへ導かれます。それが本当にうれしい。やっと本格焼酎が、私たちのアラカルトのフードメニューと並んで認知されたんだなと思うんです。少なくともこのバーの10席では。
――本格焼酎を初めて飲んだときのお客様の反応ってどんな感じですか。
結構びっくりする方が多いです。多くの人は焼酎のことは知らないので、日本のウオッカやウイスキーと思う人が多い。でも、本格焼酎というのは、麦焼酎は麦、芋焼酎はサツマイモといった原料の風味を味わえるスピリッツです。それをお客さんは喜んでくれます。あ、本格焼酎ってこんなに美味しいんだ、ユニークで飲みやすいんだって。
――麹やそれをつくる麹菌とは何かというのは、アメリカでは説明が難しいですよね。
英語では「mold」じゃないですか。それを言うとまずは怖がられます。アメリカでは口に入れたくなるような言葉ではない。でも、「It’s used for Miso, Soy sauce.」と言えば、ああそれなら安心して飲めます、というように印象が変わります。麹をつくる麹菌には黄麹菌、黒麹菌、白麹菌と種類があって、麹菌の種類が違うと全然違う味や風味の本格焼酎が出来上がるんですよ、といったこともお話しすると興味を持っていただけますね。
もしも麹がなければ本格焼酎は存在しないので、麹というのはとても大切な材料です。本格焼酎って、アルコール度数25度くらいが一般的ですが、さらに水を加えても美味しく飲めるというのは、私はすごいと思うんです。ウイスキーとかラムなどのスピリッツに水を足すと、味わいがゆるくなってしまうことがあります。
本格焼酎は、度数にかかわらず水と相性がいいです。それは麹のスピリッツの奥深さの証でもあります。カクテルはもちろん、シンプルにお湯割り、お茶割りでも美味しい。その美味しさをお客さんに知ってもらいたいです。そのあとで、そのままストレートでも飲んでもらいたいと思います。こうした伝統的な日本の提供スタイルが、本格焼酎の魅力を最大限に引き出してくれます。私は、焼酎カクテルという新たなカテゴリーを創り出すチャンスがあると信じています。それは、とてもワクワクするコンセプトですよね。
本格焼酎にもいろんな種類があるので、一人一人のための本格焼酎があると私は思います。ある人はあまり美味しくなかったと言ったり、ああ本格焼酎って韓国の「ソジュ」じゃないんですねと言ったり。お客様とそういう会話をするのも楽しくて。もしこういう味が好きじゃないなら、この本格焼酎を飲んでみたら、とかお勧めする。「There is always something for you.」ってよく言うんです。その人のための焼酎を、対話しながら見つけていく。バリエーションがあるのは本格焼酎の普及にとってもいいことだと思います。

百瀬ジュリア(ももせ じゅりあ)
Bar「kumiko」オーナーバーテンダー
日本の古都、奈良市生まれ、京都市育ち。高校まで日本で過ごし、コーネル大学入学を機に渡米。学生時代にニューヨーク州イサカのバー「Rulloff's」でバーテンダーとしてのキャリアをスタート。2010年、メリーランド州ボルチモアに移住、「RYE of Baltimore」などで経験を積み、1年半後に同店のバーメニュー考案者としても頭角を現す。2013年から2年間、シカゴのバー「The Aviary」でバーシェフ、トップバーテンダーを務める。その後 「Green River」に移り、ヘッドバーテンダーとして在職中に初のミシュランスターを獲得。レストラン「Oriole」でカクテルプログラムを担当。「STARBUCKS RESERVE® ROASTERY」のカクテルバー「ARRIVIAMO™ BAR」のカクテルの考案でも注目された。2018年、共同創業者と共にBar「kumiko」をオープン。2020年3月のコロナ禍に際し、「Cocktail for Hope」⋆²というキャンペーンを立ち上げ、卓越した行動力でシカゴ市内のバーの窮状を救う一助となった。著書「The Way of the Cocktail: Japanese Traditions, Techniques, and Recipes」(2021年、共著)は2022年にジェームズ・ビアード賞(James Beard Foundation Award)を受賞した。
⋆² 「Cocktail for Hope」: 2020年3月末、パンデミックのさなかに ジュリアさんが中心になり立ち上げたバー救済のためのキャンペーン。テイクアウトできるカクテル販売の許可を求めて署名運動などを行い、NYなどに比べて対応が遅れていたシカゴ市を動かした。ボトルドカクテルの販売が可能となり市内の多くのバーが救済された。