with Bartender|WA-SPIRITS

Erik Lorincz

作成者: WA-SPIRITS|2025/08/26 6:15:21

バーテンダーの仕事にはいつも新しいことがあり退屈することがない

Erik Lorincz(エリック・ロリンツ)さんは、英国ロンドンの名門ホテルThe Savoyの「American Bar」で約9年間ヘッドバーテンダーを務め、2019年にロンドン市内で独立。「Kwãnt(クワント)」とそれを引き継いだ「Kwãnt Mayfair(クワント メイフェア)」は数々の表彰を受けていることはご存じのとおり。Erikさんの作る独創性とクラシカルとのバランスのとれた端正なカクテルの数々には定評があります。Erikさんがバーテンダーを志したきっかけやその仕事の魅力、自らプロデュースしてプロの間でも定評のあるカクテルツール「BIRDY. by Erik Lorincz」の誕生の経緯などを伺いました。

文:鈴木昭 / 写真:三井公一 / 構成:Contentsbrain
取材場所:「Kenji Omakase」と「Loa Bar」(どちらもInternational House Hotelの1階221 Camp Street New Orleans, Louisiana 70130, USA)

 

 

雑誌で見た写真に魅かれてバーテンダーについて調べ始めた

――Erikさんがバーテンダーを目指したきっかけを教えてください。

かなり昔のことです。20年以上前のことですね。20歳前後だったかと。たまたま手に取った米国の雑誌に載っていたバーテンダーの写真が目にとまりました。カクテルをシェイクする姿がかっこいいと思い、バーテンダーについて調べ始めたことがきっかけです。
彼らの仕事や働き方を知るにつれてそれらがとてもクリエーティブで魅力的だと感じ、知れば知るほど興味が増していきました。どんどん深掘りしていく中で、バーやカクテルには長い歴史があることも知りました。

さらに、カクテルのレシピについても調べていきました。クラシカルカクテルはどのように作るのか。オリジナルカクテルのレシピは、どのように作り上げられたものなのか。調べながら、自分でもクラシカルやオリジナルのカクテルを作ってみたりしました。そうしているうちに、自分もバーテンダーになりたいと思い始めました。

チェコとスロバキアの首都を鉄道で往復

――バーテンダーの職に就くために、具体的にどうされたのですか。

そもそも私が生まれ育ったスロバキアには、当時、ビールやウイスキーを飲める店はあっても、本格的なカクテルが飲めるバーというものはなかったんです。ですからバーテンディングの勉強をするために私は、隣国チェコの首都、プラハに行きました。アパートを借りて、3カ月間バーの専門学校に通いました。

私はとてもラッキーだったんです。ちょうどその頃、スロバキアで初の本格カクテルのバーをオープンするという話が進んでいました。しかも、私が通っていた専門学校の理事長が、そのコンサルティングをしていました。理事長は、新店舗のオーナーに、「彼はスロバキア出身で、現在バーテンダーになるために勉強をしています。新店舗ではスタッフが必要でしょう」と言って、私を紹介してくれました。専門学校に入学したばかりでしたが、そのおかげで私はスロバキアの首都ブラチスラバに新しくオープンしたバーでアルバイトを始めることができました。

専門学校に通っている間は忙しかったですよ。平日はプラハで授業を受けて、週末になるとプラハからブラチスラバに鉄道で通いました。お店の名は「Greenwich Cocktail Bar(グリーンウイッチ・カクテルバー)」といい、そこでバーバック(アシスタント)として働きました。専門学校卒業後は、フルタイムで働かせてもらい、4年後にロンドンに渡りました。

ロンドンでは、「The Connaught Bar(ザ・コノート・バー)」、The Savoyの「American Bar」などで働き、2019年に独立して、ロンドン市内に「Kwãnt」というバーをかまえることができました。その後、同じ市内で場所を移り、2023年から「Kwãnt Mayfair」として営業しています。

――The Connaught Bar時代に「DIAGEO WORLD CLASS™ Global Bartender of the Year Competition(ディアジオ ワールドクラス 世界最優秀バーテンダー・コンペティション)」で優勝され、いまや世界のトップバーテンダーとして憧れの存在です。あらためて、Erikさんが思うバーテンダーという仕事の魅力を教えてください。

いつも何かしら新しいことがあることだと思います。「あぁ、こんなことやりたくない。なんの面白味もない」なんてことにならない。退屈することがない。新しいフレーバーや新しい材料を発見することで、新しいカクテルが生まれます。そうして、「次は別のものでも試してみよう」というようになります。

私は常日頃からものの香りをかぐことや、新しい味わいを試すことが好きでした。おそらく15年前、私はヨーロッパで最初に柚子(ゆず)をカクテルに使ったバーテンダーだったと思います。その当時、柚子という柑橘はヨーロッパでは全く知られていない食材でした。そうそう、最近では、お米を使っていろいろカクテルづくりを試しています。日本茶はこれまでも使ったことがあるのですが、お米は最近になって新しく使うようになりました。すごく面白いものが作れるんですよ。やってみると、「なんで今まで使おうと思わなかったんだろう」という感じです。

インスピレーションや、憧れ・感嘆の要素、そして新しいフレーバーを見つけるために、毎日が本当に創造力の出番ですよ。最初に想像すること、それからその味わいやフレーバーを理解すること。退屈する瞬間がないということはこの仕事の魅力だと思います。

――Erikさんはロンドンのバーだけでなく、ゲストシフトで世界中を飛び回っていらっしゃいます。いま面白い国やエリア、都市はどこですか。

これは日本から来られたあなたを目の前にしているからお世辞で言うのではなく、日本です。十数年前に初めて日本に行ったときに、私はすぐに、日本のバーテンダーは他のどの国のバーテンダーとも異なることに気がつきました。おそらくヨーロッパでは誰も気にしていないような部分、氷やグラスやツールの扱いや、バーテンディングの技術の細部にいたるまで気を遣いながら行っていること。それは私にはとても魅力的なことでした。それ以来、1年に最低1回は日本を訪問するようになりました。

そしてそれが、私がプロデュースした「BIRDY. by Erik Lorincz」というカクテルツールを、日本で製作した理由でもあります。なぜなら私は、日本の人が、日本以外では見られないほど細部にまでこだわることを実際に見て知っていたからです。95%ではなくて100%のものを、完璧なものを目指すなら日本で作りたいと考えました。

オリジナルのカクテルツールをプロデュース

――「BIRDY.」というブランドですよね。日本のバーでもよく見かけます。

そう。それです。私の使う「BIRDY.」というカクテルツールは全て日本製なんですよ。これらを使えば、基本的なカクテルを一通り作ることができます。

――Erikさんが、バーテンダーとして欲しいツールの形状や機能面でのアイデアを出されたんですね。

そうです。日本の愛知県にあるものづくりの会社と共同製作しました。この会社との契約前に、お互いにこの共同事業をどのように進めるか模索する長い期間がありました。私は日本語を話せなかったですし、日本側のパートナーの横山哲也さん(横山興業株式会社取締役)は英語を話せなかったので、インターネットの翻訳サービスを使いながら、メールのやりとりだけで2年間の歳月をかけました。

ですが、この2年間のやりとりは無駄ではありませんでした。「よし、どういうふうに作っていきたいか分かった」というところから、実際に会って交渉を始められたからです。

設計図を描いてメールで横山さんに送り、ロンドンにサンプルが届くたびに私がバーで使ってみて。ちょっと軽すぎるとか、ちょっと重すぎるとか、そこを修正しないと、あそこも変えないと、などとメールで伝えました。メールでのやりとりだけでなく、何度も何度も日本の工場にも行きました。私の頭の中に浮かんで描いたものが100%の形になるまで、「完成」とはしませんでした。

日本で製作して本当に良かったです。100%のものができて、多くの方から「製品を使ってみて、すごく素晴らしいものだ」と言ってもらえて。構想から出来上がるまで長い時間をかけた甲斐があったと思います。

――最後に本格焼酎とカクテルの関係について伺います。本格焼酎を使ったカクテルにはどんな良さがありますか。

まずは麹による特徴的な風味を持つことだと思います。それがベース材料として使ったときに引き立ち、カクテルの中で埋もれてしまうことがありません。麹由来の香りや味わいが芽吹いて、そのドリンクをとても個性的なものにしてくれます。

また、本格焼酎は原料として使われる大麦や芋や米などによって、それぞれ独自のユニークな風味がありますよね。原料ごとに異なる様々な味わいを生み出せるということです。お客様の要望に応じて、原料による個性をカクテルに使い分けることができると考えています。

「いいちこシルエット」「iichiko彩天」に使われている大麦もまた、そのユニークな風味を持つ穀物のひとつ。よりクリーンで香ばしい、しかも自然な風味があって、より多様な使い方の可能性があると思います。これをカクテルに使わない理由がないですよね。